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---コースご案内 約6.7Km 半日コース---
1.本芝公園
江戸時代この付近一帯の海岸は『芝浜』と呼ばれ、その中に『雑魚場』と呼ばれる魚市場がありました。小魚や魚介類が豊富に水揚げされ『芝肴』と呼ばれ江戸の人々に賞味されました。落語の『芝浜』の舞台としても有名です。
2.西郷・勝会見の地
薩摩藩蔵屋敷のあったこの場所で、慶応4年(1868)3月14日、新政府軍参謀西郷隆盛と幕府陸軍総裁勝海舟の会見が行われました。この会見に至るまでの根回しは駿府の伝馬町において、山岡鉄舟と西郷隆盛の間で行われたのでした。
3. 聖坂
聖坂は高輪の高台を南北に貫く尾根道で、高野聖が開いたとも、聖商人の旅宿があったともいわれる坂です。徳川家康が江戸入府の頃は二本榎から聖坂の道筋が東海道にあたり、往古の奥州街道の道筋でもあった。
4. 高輪大木戸
享保9年(1724)に東海道の両側に築造。江戸の南の出入り口にあたり、茶屋が軒を連ね、送迎の人で賑わいました。伊能忠敬はこの木戸を全国測量の起点としました。
5. 泉岳寺
播州赤穂の浅野家の菩提寺で、四十七士の墓が主君浅野内匠頭の墓を囲むように並んでいます。毎年、12月14日は義士祭があります。
6. 土蔵相模
「土蔵相模」とは品川宿で一、二といわれた有名な妓楼であった飯売旅籠「相模屋」のことです。外壁がなまこ壁であったので「土蔵相模」と呼ばれました。喜多川歌麿の肉筆三部作品雪月花(深川の雪、品川の月、吉原の花)の「品川の月」(ここをクリックすると画像が見られます)は土蔵相模の2階を描いたものと伝えられています。
7. 荏原神社
江戸時代は貴舩明神社とも呼ばれました。南品川宿の鎮守で南の天王様と親しまれていました。(北品川宿の鎮守は品川神社で、北の天王様と呼ばれていました。)創建は古く、今から約1300年前の和銅2年(709)と伝えられています。
8. 東海寺
寛永15年(1638)、第3代将軍徳川家光が沢庵和尚のために建てた寺院です。寺領500石を添えて与えたもので、4700坪という広大な寺域を有していました。家光は風光明媚な品川が気に入り、寛永10年(1633)から慶安4年(1651)の19年間に189回品川宿を訪れ、品川御殿では茶会や鷹狩を催しました。その際、沢庵の元を訪れ、政治的なことなどを相談したと伝えられています。