平塚宿と中原御林を歩く


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   ---コースご案内 (約6Km) ---

1.平塚八幡宮 古くは鶴峰山八幡宮と言われ、第16代仁徳天皇の時代に創建されたと伝えられています。源頼朝や徳川家康など時の権力者の庇護を受けてきました。

2. ひらつか八幡山の洋館 平塚市内では唯一の明治時代の洋風建造物で国の登録有形文化財です。建物の土地の歴史を遡ると江戸時代の松林・中原御林まで辿れます。中原御林は中原御殿が東海道側から丸見えだったため、見えなくすることを目的に植えられた松林で、126町の広大な土地でした。

3.お菊の墓 皿屋敷伝説のモデルと言われるお菊の墓です。墓は昭和27年までは、現在の紅谷町公園にありましたが、平塚市の区画整理事業により、現在の地に移されました。

4.平塚の塚 平塚の地名の由来となったとされる史跡です。

5.春日神社 縁起によれば、源頼朝が馬入川の橋供養の祈願をし、橋の完成の後創建した神社と伝えられています。当時は黒部宮という場所で、現在よりずっと南にありましたが、津波で社殿が流されてしまったため、この地に移ってきたといいます。

6.京方見附跡 歌川広重「東海道五十三次之内 平塚」はここからの眺めのものと思われます。天気がよければ、広重の錦絵と実際の風景を比較するのも面白いです。

7.教善寺 平塚市唯一の時宗の寺院です。寺伝では、一遍が平塚に立ち寄ったとき、花水川河口付近の海で光る観音菩薩像を見つけました。この観音菩薩は眼病平癒の観音様として言い伝えられています。

8.木谷道場跡 囲碁の木谷實九段はこの地で囲碁道場を開き、多数のプロ棋士を養成したことで知られています。平塚市は現在、湘南ひらつか囲碁まつりを毎年開いていますが、木谷道場はそのきっかけとなりました。

9.村井弦斎公園 村井弦斎は明治・大正時代に活躍したジャーナリスト・小説家です。特に「食道楽」は小説でありながら、600種以上の料理や食材が盛り込まれ、空前のベストセラーとなりました。

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