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---コースご案内 約6Km 半日コース---

1 酒匂神社

平安時代後期、箱根権現を勧請し駒形社を祀ったのが始まりです。神仏分離令により、近くの八幡社を駒形社の場所に移して酒匂神社としました。附近には、鎌倉幕府の「浜辺御所」という将軍の宿泊・休憩施設がありました。

2 法船寺   

鎌倉時代、身延山に向かう日蓮上人が、酒匂川の増水で困っていた時に地蔵の化身の翁がお堂に泊まるようにお手引きし、堂守の飯山入道は、翌日船を出して日蓮上人をお送りしました。

3 酒匂の渡し   

広重は、この地を「東海道五十三次」に描いています。4代将軍家綱の時に、江戸防衛の名目で船渡しが禁止されて以降明治4年まで人足による肩車または輦台渡しが行われていました。

4 二宮尊徳表彰の碑   

小田原藩主大久保忠真は、京都所司代から老中に昇進し江戸に向かう途中、酒匂川の河原で領内の奇特人・孝行人を表彰しました。二宮尊徳もその時表彰された一人でした。

5 新田義貞首塚   

新田義貞は、足利尊氏等と鎌倉幕府を倒しますが、後に尊氏と袂を分かちます。北陸転戦中の越前国藤島で討ち死に首級は京で晒されます。家臣が、本国に葬るためにこの地まで運びましたが病にかかり、やむなく埋葬したと伝えられています。

6 上杉龍若丸墓  

北条氏康に攻められた関東管領上杉憲政の嫡男龍若丸は、降伏の使いとして小田原に出向きました。しかし、氏康は龍若丸の首を刎ねることを命じ、この地で磔に掛けられました。

7 北条稲荷  

北条氏康は、優れた政策を実施し北条氏の全盛期を築きました。死去後、その子氏政は、氏康の死を古狐の祟りと考え、城内に祠を建てて崇めたのがこの神社の始まりと伝わります。

8 松原神社

小田原の総鎮守。もとは「鶴の森明神」といい漁師の氏神でした。山王村松原付近の海中から出現した十一面観音を祀ったことから「松原大明神」と改め、現在地に移されました。以来歴代城主から庇護を受けました。

9 徳常院   

高さ2.4m青銅製の露座の大仏があります。かつて、箱根湖畔の賽の河原に安置されていました。廃仏毀釈のあと東京の古物商に売られ運搬途中のこの地で動かなくなり、町の有志が買い戻し寺に安置したといわれています。

10 ういろう  

北条早雲に招かれた京都外郎家の宇野藤右衛門定治の住居として建てられました。関東大震災などを経て平成9年に再建されました。ういろうは、銀色小粒で胃腸や喉の痛み、船酔いに効き道中の常備薬でした。接待用の自家製造菓子も明治から市販されるようになり、現在は薬とともに販売しています。

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